同じ「宿泊業」でも、ホテルと旅館の収益構造はこんなに違う
ホテルも旅館も、お客様に宿泊していただく施設です。
そのため、経営を見るときにも、
「客室稼働率は何%か」
「一室いくらで販売しているか」
「年間何室売れているか」
といった指標で、同じように考えられることがあります。
しかし、実際に旅館を経営していると、
ホテルと旅館では、そもそも一人のお客様を受け入れるための事業構造が大きく違う
ことが分かります。
特に、客室販売を中心とする宿泊特化型ホテルと、一泊二食を基本とする温泉旅館では、その違いは非常に大きなものになります。
同じ「宿泊業」だからといって、同じ物差しだけで経営を見ることはできません。
そして、この違いを理解することが、旅館再生では非常に重要だと私たちは考えています。
旅館業法上は、現在「旅館・ホテル営業」
まず、制度について整理しておきます。
かつて旅館業法では「ホテル営業」と「旅館営業」が別の営業種別として定められていました。しかし、2018年の旅館業法改正によって、この二つは「旅館・ホテル営業」に統合されています。そのため現在、宿泊営業の許可そのものが「ホテルだからこれ」「旅館だからこれ」と完全に分かれているわけではありません。
ただし、
法律上の営業種別が統合されたことと、実際の事業構造が同じであることは、まったく別の話です。
ここに、旅館経営を理解するうえで大きなポイントがあります。
ホテルは「客室」が商品になりやすい
もちろんホテルにもさまざまな形態があります。
レストラン、宴会、婚礼、スパなどを備えたフルサービスホテルは、非常に複雑な事業です。
一方、現在増えている宿泊特化型ホテルでは、事業の中心が比較的明確です。
客室を販売すること。
例えば、
15時にチェックイン。
翌朝10時にチェックアウト。
その後、客室を清掃して次のお客様を迎える。
もちろんフロント業務や設備管理、朝食などのサービスはありますが、基本的には、
「客室という商品を、一泊単位で販売する」
という構造をつくりやすい事業です。
そのため、客室稼働率やADR(平均客室単価)、RevPAR(販売可能客室一室あたり売上)など、客室を中心とした指標で収益性を把握しやすい特徴があります。
旅館が売っているのは、「部屋」だけではない
では、一泊二食型の温泉旅館はどうでしょうか。
お客様が旅館に到着する。
フロントでチェックインする。
館内を案内する。
客室を利用する。
温泉に入る。
夕食を食べる。
布団で休む。
翌朝、朝食を食べる。
チェックアウトする。
その裏側では、
調理スタッフが料理を仕込み、
接客スタッフが夕食を提供し、
大浴場を管理し、
客室を整え、
布団を準備し、
翌朝には朝食を提供する。
そしてお客様が出発したら、客室を清掃し、再び次のお客様を迎える準備をします。
つまり旅館が販売しているものは、
単なる「一室」ではありません。
客室、料理、温泉、接客などを組み合わせた「一泊二日の滞在そのもの」
を一つの商品として販売しています。
ここが、宿泊特化型ホテルとの大きな違いです。
同じ「3万円の宿泊売上」でも、中身が違う
例えば、どちらもお客様から3万円をいただいたとします。
同じ3万円でも、その売上をつくるために必要なコストは大きく異なります。
宿泊特化型ホテル | 一泊二食型の温泉旅館 | |
商品の中心 | 客室 | 客室+夕食+朝食+温泉+接客 |
食材原価 | 比較的小さい | 夕食・朝食の原価が発生 |
調理 | 限定的・不要の場合も | 厨房・調理スタッフが必要 |
配膳 | 限定的 | 食事提供スタッフが必要 |
客室業務 | 清掃中心 | 清掃・布団・客室対応等 |
入浴設備 | ない施設もある | 大浴場・温泉設備等 |
付帯施設 | 比較的限定しやすい | 厨房・食事処・浴場等 |
人員配置 | 標準化しやすい | 時間帯による繁閑差が大きい |
代表的な原価 | 清掃・人件費等 | 食材・人件費・水光熱等 |
商品構造 | 室料中心 | 複数サービスが一体 |
もちろん、施設ごとに大きく異なります。
しかし大切なのは、
売上金額が同じでも、その売上をつくるための工程とコストが違う
ということです。
旅館は「100人泊まったら、100人分の仕事が増える」
ここは旅館の収益構造を考えるうえで、とても重要です。
例えば宿泊客が50人から100人へ増えたとします。
売上は増えます。
しかし同時に、
夕食も50人分増える。
朝食も50人分増える。
食材も増える。
食器も増える。
配膳も増える。
調理作業も増える。
客室清掃も増える。
布団の準備も増える。
大浴場の利用も増える。
つまり旅館では、
お客様が増えるほど、同時に多くの業務量と変動費も増えていきます。
だから、
「稼働率を上げれば利益が増える」とは単純には言えません。
満室なのに、儲からない旅館がある理由
これは旅館経営では珍しい話ではありません。
週末は満室。
繁忙期も満室。
予約も入っている。
一見すると、とても繁盛しているように見える。
ところが決算を見ると、ほとんど利益が残っていない。
なぜでしょうか。
例えば、
安い料金で販売している。
料理原価が高い。
OTA手数料が大きい。
宿泊人数に比例して人員を増やしている。
残業が増える。
水道光熱費が増える。
リネン費も増える。
こうしたコストを差し引いた結果、
「忙しいのに儲からない」という状態になることがあります。
だから旅館では、
稼働率を上げること自体を目的にしてはいけません。
重要なのは、
「どれだけ泊まったか」ではなく、「泊まってもらった結果、いくら残ったか」
です。
1室の売上だけを見ても、旅館の収益性は分からない
さらに旅館には「人数」という要素があります。
同じ一室でも、
2名で利用する。
3名で利用する。
4名で利用する。
これによって売上もコストも変わります。
一室4万円でも、
2名利用なら一人2万円。4名利用なら一人1万円。
一方で、料理は人数分必要になります。
アメニティも人数分。
リネンも増える。
接客業務も増える。
つまり旅館では、
「一室いくらで売ったか」だけでは、本当の収益性を判断できません。
客室単価。
一人あたり単価。
利用人数。
食材原価。
販売手数料。
人件費。
これらを組み合わせて見る必要があります。
さらに旅館には、大きな設備を維持するコストがある
温泉旅館の場合、もう一つ大きな問題があります。
施設です。
大浴場、露天風呂、ボイラー、給排水設備、厨房、食事会場、客室、エレベーター、空調、
屋根、外壁、広い館内。
これらを維持し続けなければなりません。
特に古くから営業している旅館では、建物が大きい一方で、現在の宿泊需要に対して施設規模が大きすぎることもあります。
つまり、
売上が減っても、建物は小さくならない。
ここが旅館経営をさらに難しくします。
客室を10室売らなかったからといって、大浴場を10室分小さくすることはできません。
宿泊客が少ない日でも、一定の設備を動かさなければならない。
この固定費の重さも、旅館の収益構造を考えるうえで非常に重要です。
だから「売上を増やしましょう」だけでは旅館は再生しない
経営が厳しい旅館を見ると、
「もっと集客しましょう」
「稼働率を上げましょう」
「売上を増やしましょう」
という改善策が出てくることがあります。
もちろん、売上は必要です。
しかし旅館の場合、
売上を増やすことで、同時にコストまで増えてしまう可能性があります。
だから旅館再生では、
・何人集客するのか。
・いくらで販売するのか。
・何人一室で受けるのか。
・どんな料理を提供するのか。
・何人で運営するのか。
・どの日を営業するのか。
・どの商品を販売するのか。
・どの設備を維持するのか。
ここまで一体として考えなければなりません。
旅館は「一泊二日の商品」を再設計する
私たちが旅館再生で考えるのは、
単に客室料金を上げることでも、
人件費を削減することでも、
料理原価を下げることでもありません。
「この旅館は、一泊二日をどのような商品として売るのか」
を考えます。
誰に泊まってもらうのか。
いくら払ってもらうのか。
何を提供するのか。
どこまでサービスするのか。
そのために何人必要なのか。
どの設備が必要なのか。
そして最終的に、いくら利益を残すのか。
これらを組み直す。
それが、旅館の経営改善だと考えています。
ホテルの経営手法を、そのまま旅館には当てはめられない
ホテルと旅館。
どちらも宿泊業です。
しかし、事業の中身を見れば大きく違います。
だからこそ、
ホテルで成功した経営手法を、そのまま旅館へ持ち込めば成功するとは限りません。
一般企業の経営改善手法を、そのまま旅館へ当てはめても同じです。
これは前回の記事、
にもつながります。
旅館を再生するためには、
旅館特有の売上構造、原価構造、人員配置、商品構成、設備負担を理解する必要があります。
旅館再生が難しいと言われる理由の一つは、ここにあります。
それでも、旅館を残したい。
これだけ複雑な事業なら、
「もっと効率的なホテルへ変えてしまえばいい」
という考え方もあるかもしれません。
経営だけを考えれば、それが正しいケースもあります。
しかし私たちは、
旅館には、ホテルとは違う価値がある
と思っています。
温泉に入る。
浴衣を着る。
その土地の料理を食べる。
畳の部屋で過ごす。
布団で眠る。
人に迎えられる。
そうした一泊二日の時間そのものが、日本の旅館という文化です。
効率だけを追求すれば、削れるものはたくさんあります。
しかし削り続けた先に、「それはもう旅館ではない」というところまで行ってしまっては意味がありません。だから難しい。
そして、
だからこそ再生する価値がある。
旅館を、地域に残す。
日本では新しいホテルが建つ一方、昔から地域に存在してきた旅館は少しずつ姿を消しています。一度なくなった旅館が、再び同じ場所に生まれることは簡単ではありません。
だから私たちは、
単に旅館を延命するのではなく、その複雑な収益構造そのものを見直し、
旅館らしさを残しながら、きちんと利益を生み続けられる事業へ戻したい。
自分で稼ぐ。
借入金を返済する。
設備を更新する。
人を雇い続ける。
そして次の10年、20年へつなぐ。
それが、私たちが考える旅館再生です。
旅館を、地域に残す。
金融機関・支援機関の皆様へ
取引先の旅館について、
「稼働率は悪くないのに利益が残らない」
「売上はあるのに返済余力が生まれない」
「ホテルと同じ指標で見てよいのか分からない」
「どこを改善すれば収益性が変わるのか分からない」
そんな案件がありましたら、正式な再生案件になる前でも構いません。
旅館名や企業名を伏せた段階でのご相談でも結構です。
客室が何室売れているかではなく、
その旅館の「一泊二日」という商品が本当に利益を生んでいるのか。
そこから一緒に考えさせていただければと思います。


