旅館の経営改善は、一般企業と同じではない
経営が厳しくなった旅館に対して、
「専門家を入れて経営改善を進めましょう」
という話になることがあります。
経営改善計画を作る。
売上目標を設定する。
原価率を改善する。
人件費を適正化する。
資金繰りを見直す。
もちろん、どれも必要なことです。
財務、事業計画、人事、マーケティングなど、それぞれの分野の専門家から助言を受けることにも大きな意味があります。
しかし、私たちは旅館再生の現場に長く携わる中で、一つの難しさを感じてきました。
それは、
「正しい経営改善策」と「旅館の現場で実際にできること」は、必ずしも同じではない
ということです。
旅館は、一般企業と同じようには動かない
旅館は、昔から「特殊な業種」と言われることがあります。
その理由の一つは、一つの事業の中に非常に多くの機能が存在していることです。
宿泊
飲食
接客
清掃
予約
販売
調理
設備管理
温泉管理
場合によっては、送迎、売店、宴会、日帰り入浴まであります。
しかも、そのほとんどが同じ建物の中で、365日連動しています。
例えば宿泊客が100人いれば、100人分の夕食を決められた時間に提供し、
翌朝には100人分の朝食を提供し、客室を清掃し、次のお客様を迎えなければなりません。
ホテルとも共通する部分はありますが、特に食事提供や温泉、仲居・接客などを含む日本旅館では、現場の業務が複雑に絡み合います。
一つを変えれば、別のところにも影響が出る。
これが旅館経営の難しさです。
「人件費を10%下げる」は簡単。でも、誰をどこから減らすのか
例えば経営改善計画で、「人件費率を改善する」という目標を立てたとします。
数字だけを見れば、人件費を削減すれば利益は改善します。
しかし旅館の現場では、「では、誰をどこから減らすのか」という問題になります。
夕食は18時から。
朝食は7時から。
チェックアウトは10時。
チェックインは15時から。
その間に客室を清掃する。
厨房では仕込みがある。
大浴場も管理しなければならない。
フロントには電話が入る。
予約も処理する。
単純に人数を減らせば、残ったスタッフの負担が増えます。
サービス品質が下がれば、口コミ評価が落ちる。
そして売上まで下がる可能性があります。
だから本当に考えなければならないのは、
「人を何人減らすか」ではありません。
食事時間をどうするのか。
料理提供方法を変えられないか。
清掃方法を変えられないか。
営業時間を変えられないか。
休館日を設けられないか。
業務そのものを減らせないか。
つまり、
人件費を変える前に、旅館の運営方法そのものを変える必要があります。
「原価を下げる」だけでも旅館では簡単ではない
料理原価も同じです。
「食材原価率を3%下げましょう」数字だけなら簡単です。
しかし旅館では、料理は宿泊商品の重要な一部です。
食材を安くする。
品数を減らす。
仕入先を変える。
それだけで原価は下げられるかもしれません。
しかし、それによって料理の評価が落ちれば、口コミに影響します。
口コミが落ちれば、予約にも影響します。
だから、
宿泊料金はいくらなのか。
どの客層を狙うのか。
どの料理を評価してもらうのか。
何品必要なのか。
調理工程はどこまで必要なのか。
厨房に何人必要なのか。
仕入れ方法をどうするのか。
ここまで一緒に考えなければなりません。
原価率だけを改善しても、旅館全体が良くなるとは限らない。
旅館経営では、一つの数字が多くの現場とつながっています。
「もっと集客しましょう」が正解とも限らない
売上が悪ければ、「集客を増やしましょう」という話になります。
しかし、これも旅館では注意が必要です。
例えば安い宿泊プランを販売すれば、客室稼働率は上がるかもしれません。
OTAのセールに参加すれば、予約件数も増えるかもしれません。
でも、
宿泊単価が下がる。
OTA手数料が増える。
食材費が増える。
清掃費が増える。
人件費が増える。
水道光熱費も増える。
結果として、
「満室なのに利益が残らない」ということも起こります。
だから旅館では、「何人泊まったか」だけではなく、
「そのお客様を受け入れて、最終的にいくら利益が残ったのか」
を見る必要があります。
売上を増やすことと、利益を増やすことは同じではありません。
旅館のPLを読めることと、旅館を経営できることは違う
財務諸表を分析すれば、
人件費率が高い。
原価率が高い。
売上が足りない。
借入金が多い。
といった問題は見えてきます。これは非常に重要です。
しかし、
問題が分かることと、それを現場で直せることは別の話です。
人件費率が高い。
では、旅館のどの業務を変えるのか。
原価率が高い。
では、どの料理をどう変えるのか。
宿泊単価が低い。
では、どの日の、どの客室を、どの価格にするのか。
稼働率が低い。
では、どの販売チャネルで、どの客層に、どの商品を売るのか。
そこまで落とし込んで初めて、数字が動き始めます。
私は、
「旅館のPLを読めること」と「旅館を経営できること」は違う
と考えています。
私たち自身も、旅館の経営支援を行っています
ここまで書くと、
「コンサルタントや専門家による支援には意味がない」という話に聞こえるかもしれません。
しかし、私たちが言いたいのはそういうことではありません。
当社でも、旅館に対する経営支援、いわゆるコンサルティング業務を行っています。
私自身、経営支援の仕事を始める前に、まず16年間、旅館の現場で実務経験を積みました。フロント、予約、販売、接客をはじめ、旅館という事業が実際にどのように動いているのかを現場で経験してきました。その経験をもとに、旅館の経営支援に携わるようになりました。
中小企業庁の「ミラサポ」においても、旅館分野の専門家として経営支援を行ってきました。現在は制度が変わっていますが、2021年3月に当社で当時の専門家登録状況を確認した際、旅館の現場経験を持ち、旅館を専門分野として活動する専門家は全国で7名でした。
私もその一人として、金融機関等と連携しながら旅館の経営支援に携わってきました。
だからこそ私たちは、コンサルティングそのものを否定しているわけではありません。
問題は、
「旅館という事業をどこまで理解したうえで、経営改善を考えているか」
だと思っています。
旅館には、「旅館の経営改善」がある
一般的な経営分析によって、
人件費率が高い。
原価率が高い。
売上が足りない。
借入金が多い。
といった課題を見つけることはできます。
しかし旅館では、そこから先に専門性が必要になります。
例えば、「人件費を下げる」ではなく、
旅館特有の勤務時間や食事提供、清掃、フロント業務まで理解したうえで、どの業務をどう変えるのか。
「売上を上げる」ではなく、
曜日、客室タイプ、人数、料理、OTA、販売時期などをどう組み合わせ、どの客室をいくらで販売するのか。
「原価を下げる」ではなく、
宿泊料金や料理評価を維持しながら、献立、品数、仕入れ、調理工程、人員配置をどう変えるのか。
そこまで現場に落とし込めなければ、数字は変わりません。
つまり私たちが問題だと考えているのは、
「コンサルを入れること」ではありません。
旅館という特殊な事業を理解しないまま、一般企業と同じ経営改善手法を当てはめてしまうことです。
そして、支援する側から経営する側にもなった
さらに私たちには、もう一つ大きな経験があります。
現在運営している「ホテルひるがみの森」を、再生案件として自ら引き受けたことです。
16年間、旅館の現場を経験してきました。
その経験をもとに、旅館の経営支援をしてきました。
それでも、
自分自身が経営者として旅館を引き受けることは、また別の経験でした。
料金を上げる。
料理を変える。
勤務体制を変える。
設備投資を決める。
金融機関から資金を借りる。
そして毎月、
給与を支払い、
仕入代金を支払い、
税金を支払い、
借入金を返済する。
判断を間違えれば、その結果はすべて自分たちに返ってきます。
だからこそ、
現場を知ること。
経営を分析すること。
そして、その経営判断の結果に責任を持つこと。
この三つは、それぞれ違うものだと感じています。
私たちの旅館再生は、この三つの経験を土台にしています。
旅館を「支援する」のではなく、「続く事業」に戻す
日本では、新しいホテルが建設される一方で、長く地域を支えてきた旅館が少しずつ姿を消しています。一度なくなった旅館が、再び同じ場所に生まれることは簡単ではありません。
だからこそ、今ある旅館の事業性そのものを立て直す必要があります。
5年だけ延命するのではない。
次の10年、20年と経営を続けられる旅館にする。
そのためには、
助言だけでも、
資金だけでも、
計画書だけでも足りません。
旅館という事業を理解し、実際に経営を変えていく人が必要です。
それが、私たちが旅館再生に「プレーヤー」が必要だと考える理由です。
旅館を、地域に残す。
旅館がなくなれば、失われるのは一つの宿泊施設だけではありません。
そこで働く人。
食材を納める人。
設備を守る人。
旅館を目的に地域を訪れる人。
そして、日本に古くから続いてきた「旅館に泊まる」という文化。
それらも少しずつ失われていきます。
だから私たちは、
旅館を単に延命するのではなく、
自分で稼ぎ、自分で返済し、自分で次の投資ができる事業に戻したい。
そして10年後、20年後も、その地域に旅館がある状態をつくりたい。
旅館を、地域に残す。
それが、旅と館が旅館再生に取り組む理由です。
金融機関・支援機関の皆様へ
取引先の旅館について、
「経営改善計画はあるが、なかなか数字が変わらない」
「専門家による支援を行ったが、現場の改善につながっていない」
「何を改善すべきかは分かっているが、実行できる人がいない」
「現在の経営体制のままで再生できるのか不安がある」
そんな案件がありましたら、正式な再生案件になる前でも構いません。
旅館名や企業名を伏せた段階でのご相談でも結構です。
計画を作るだけではなく、その旅館をどうすれば本当に「続く事業」に戻せるのか。
一緒に考えさせていただければと思います。


