top of page

旅館は、何のために地域にあるのか

5 日前
読了時間: 8分

旅館の役割とは何でしょうか。

もちろん、旅行者に宿泊してもらうことです。


客室を提供する。

食事を提供する。

温泉に入ってもらう。

そして、その対価として宿泊料金をいただく。

事業として見れば、その通りです。


しかし、長く旅館の現場に携わっていると、旅館の役割はそれだけではないと感じます。特に温泉地や観光地では、

旅館は「宿泊施設」であると同時に、地域の外から人とお金を呼び込み、その消費を地域に滞在させる役割を持っています。


だから、一軒の旅館がなくなるということは、単に客室が何室か減るという話ではありません。地域にとって、もっと大きな意味があります。



旅館は、一件の予約で動く金額が大きい


旅館という事業の特徴の一つが、一回の取引額の大きさです。


例えば、

一泊二食で一人25,000円の温泉旅館に、4人家族が宿泊したとします。


宿泊料金だけで10万円です。

一組のお客様が、一泊する。

それだけで10万円という売上が動きます。


もちろん、ホテルにも高価格帯の商品がありますし、宿泊施設によって単価は大きく異なります。しかし、一泊二食型の旅館では、客室だけではなく、


夕食

朝食

温泉

接客

館内サービス

これらを一体の商品として販売します。


そのため、一人あたり、そして一予約あたりの取引額が大きくなりやすいという特徴があります。



でも、その10万円は旅館だけのものではない


ここが重要です。


旅館に10万円の売上が入ったからといって、その10万円がすべて旅館に残るわけではありません。


料理を提供するために、

野菜を仕入れる。

肉を仕入れる。

魚を仕入れる。

米を仕入れる。

酒を仕入れる。


客室を用意するために、

リネンを使う。

アメニティを仕入れる。

清掃をする。


施設を維持するために、

設備会社に依頼する。

電気工事をする。

建物を修繕する。

燃料を購入する。

庭を管理する。


そして、多くのスタッフが働き、その給与が支払われます。

つまり旅館の売上は、

旅館を入口として、さまざまな企業や人へ流れていきます。


旅館の10万円の売上は、

旅館だけの10万円ではありません。


その地域で働く人や企業へつながっていく10万円でもあります。



さらに、宿泊客は旅館だけでお金を使うわけではない


もう一つ重要なのが、旅館の外で生まれる消費です。


旅行者は、旅館だけを利用して帰るわけではありません。

例えば宿泊当日。

観光地へ立ち寄る

昼食を食べる

カフェへ入る

お土産を買う

ガソリンを入れる

タクシーを利用する

そして旅館へチェックインする


旅館で一泊する。

翌朝、チェックアウトする。


そこからまた、

観光施設へ行く。

昼食を食べる。

お土産を買う。

次の観光地へ向かう。


つまり一泊することで、

旅行者の消費は「宿泊当日」だけでなく「翌日」へつながります。




旅館は、「二日分の観光消費」をつくる


ここに、宿泊施設の大きな役割があると思っています。

日帰り観光であれば、地域で過ごす時間は数時間かもしれません。


しかし宿泊すれば、その地域に一晩滞在します。

すると、

当日の午後

夕方

翌朝

翌日の昼

へと、地域で過ごす時間が伸びます。


もちろん、すべての宿泊客が地域内ですべての消費をするわけではありません。それでも、宿泊には、人の滞在時間を翌日まで延ばす力があります。


私はこれを、旅館が地域にもたらす非常に大きな価値、経済効果だと思っています。


旅館は、

「一泊分の宿泊売上」をつくる施設であると同時に、

「二日間にまたがる観光消費」を生み出す起点

でもあるのです。



例えば、4人家族の一泊旅行を考えてみる


単純化して考えてみます。


4人家族が温泉地を訪れたとします。

旅館での宿泊料金が10万円。


その前後に、

昼食。カフェ。観光施設。お土産。交通。翌日の昼食。

などの消費が発生します。


すると、その家族が地域にもたらす経済効果は、

旅館の10万円だけではありません。


さらに旅館が受け取った10万円の一部も、

食材業者。酒屋。設備会社。リネン会社。地域で働く従業員。

などへ流れていきます。


つまり、一組の旅行者を地域へ呼び込むことで、

「宿泊客の地域消費」と「旅館から地域企業への支出」という二つのお金の流れが生まれます。


だから、旅館の売上だけを見ていてはいけない


旅館の経営が厳しくなると、

「この旅館は年間いくら売っているのか」

「利益はいくらなのか」

「借入金はいくらなのか」

という話になります。


企業を評価する以上、当然必要な数字です。


しかし地域全体から見るなら、それだけではありません。

例えば年間3億円を売り上げる旅館がなくなったとき、

地域から失われるのは、3億円の宿泊売上だけではない

ということです。


そこへ宿泊するために地域を訪れていた旅行者の消費。

旅館が地域企業へ発注していた仕事。

そこで働いていた人の所得。

さらに、その所得から生まれる地域での消費。

こうしたものにも影響が広がります。


観光地では、旅館そのものが「集客装置」でもある


これは観光地、特に温泉地ではさらに重要です。


旅行者が、

「この旅館に泊まりたい」

と思って、その地域を訪れることがあります。


料理が魅力的。

温泉がいい。

景色がいい。

接客がいい。

昔から泊まっている。


そんな理由で、一軒の旅館そのものが旅行の目的になる。

つまり旅館は、

地域にある宿泊施設であると同時に、地域へ人を呼ぶ集客装置

でもあります。


一軒の旅館が年間1万人のお客様を受け入れているなら、その旅館は年間1万人を地域へ呼び込む入口の一つでもあります。


一軒なくなることの影響は、すぐには見えない


旅館が一軒廃業しても、翌日から温泉地がなくなるわけではありません。

だから影響が見えにくい。


しかし、

一軒なくなる。

また一軒なくなる。

宿泊できる人数が減る。

地域を訪れる人が減る。

仕入先の売上が減る。

働く場所が減る。

商店の利用者が減る。

設備会社の仕事が減る。


そして地域全体の経済が少しずつ小さくなる。

この積み重ねによって、

温泉地そのものを維持する力が弱くなっていきます。



新しいホテルが建っても、同じものが戻ってくるわけではない


日本では、新しいホテルも建設されています。

それ自体は観光産業にとって大切なことです。


しかし、

ホテルが一棟建つことと、

昔から地域に存在してきた旅館が一軒残ることは、

必ずしも同じではありません。


旅館には、長年続いてきた地域との取引があります。

そこで働いてきた人がいます。

地域の食材があります。

温泉があります。

料理があります。

お客様との関係があります。


そして、

「この旅館へ泊まりに、この温泉地へ行く」

という需要があります。


一度それが失われれば、新しい建物を建てるだけで同じものを再現することは簡単ではありません。



旅館の存在意義とは何か


私たちは、旅館の存在意義を、

単に「旅行者を泊めること」だけだとは考えていません。


旅館には、

地域の外から人を呼ぶ。

その人を地域に一晩滞在させる。

宿泊という大きな消費をつくる。

その売上を地域の企業や人へ循環させる。

そして翌日まで観光消費をつなぐ。

という役割があります。


だから旅館は、

地域経済の入口であり、循環点でもある。

特に観光を主要産業とする地域では、その役割は決して小さくありません。



だから、旅館を再生する


経営が厳しくなった旅館を見たとき、

一企業の問題としてだけ考えれば、

売却する。

廃業する。

清算する。

という選択肢もあります。


もちろん、それが必要な案件もあります。


しかし、

その旅館が地域で果たしている役割まで含めて考えたらどうでしょうか。


まだお客様がいる。

地域に必要とされている。

商品に価値がある。

経営の仕組みを変えれば利益を生み出せる可能性がある。


それなら、

事業そのものを再生して、地域に残す

という選択肢も検討してほしいと思っています。



金融機関だからこそ、旅館の「その先」が見える


地域金融機関は、この構造を最も理解できる立場の一つだと思います。


旅館へ融資している。

その旅館へ食材を納める会社も取引先。

設備会社も取引先。

酒屋も取引先。

タクシー会社も取引先。

そこで働く人も預金者。


つまり金融機関は、

一軒の旅館を中心につながる地域経済全体を見ることができます。


だから旅館再生を、「一社の債権をどうするか」

だけではなく、

「この旅館を残すことが、地域に何を残すのか」

という視点から考えることにも、大きな意味があると思っています。



旅館を、地域に残す


旅館は、ただ人を泊めるためだけの建物ではありません。

地域の外から人を呼び、一晩滞在してもらい、地域に消費を生み、

その売上を地域へ循環させ、翌日の観光へつなぐ。


その一つひとつの積み重ねによって、観光地や温泉地の経済が成り立っています。


だから私たちは、旅館をただ延命したいのではありません。


自分で利益を生み、借入金を返済し、設備を更新しながら、10年後、20年後も地域へ人を呼び続けられる旅館に再生したい。


旅館を残すことは、

建物を残すことではない。


人を呼ぶ力を残すこと。

仕事を残すこと。

地域のお金の流れを残すこと。


そして、

日本に古くから続いてきた「旅館に泊まる」という文化を残すこと。

それが、私たちが考える旅館の存在意義です。



金融機関・支援機関の皆様へ


取引先の旅館について、

「事業単体では厳しいが、地域にとって重要な施設である」

「この旅館がなくなった場合の地域への影響が大きい」

「売却以外に、事業を残す方法がないか考えたい」

「経営を変えれば、まだ再生できる可能性があるのではないか」


そんな案件がありましたら、正式な再生案件になる前でも構いません。

旅館名や企業名を伏せた段階でのご相談でも結構です。


一軒の旅館を残すことが、地域に何を残すことになるのか。

そこから一緒に考えさせていただければと思います。



 
 
bottom of page