「資金があれば旅館は再生できる」という誤解
旅館の経営が厳しくなったとき、「資金力のある会社が引き継げば大丈夫」
と思われることがあります。
確かに、資金は必要です。
運転資金がなければ給与も払えません。
老朽化した施設には設備投資も必要です。
金融機関への返済もあります。
だから、資金力のある企業が旅館を引き継ぐことには大きな意味があります。
しかし、私はこれまで旅館の現場や経営支援に携わる中で、何度も似た状況を見てきました。
異業種の企業が旅館へ参入する。
最初は、
「これだけ売上があるなら大丈夫だろう」
「少し資金を入れれば立て直せるだろう」
と考える。
ところが実際に経営を始めると、想像以上の資金が出ていく。
そして最後には、
「旅館って、こんなにお金が出ていく事業なのか」
という話になる。
旅館経営の難しさは、PLだけを見ていても分かりません。
重要なのは、
キャッシュフローです。
旅館の赤字は、金額が大きくなりやすい
旅館には、多くの固定費があります。
人件費。
水道光熱費。
建物維持費。
設備費。
リース料。
保険料。
そして借入金の返済。
さらに、お客様が宿泊すれば、
食材費。
リネン費。
アメニティ。
清掃。
販売手数料。
なども発生します。
規模の大きな旅館になれば、毎月動くお金も大きくなります。
そのため、収益構造が崩れた旅館では、
「少し赤字」では済まないことがあります。
月に数百万円。
年間では数千万円。
場合によっては、それ以上。
経営構造を変えないまま営業を続ければ、赤字も同じ規模で積み上がっていきます。
「売上がある」と「現金がある」は違う
さらに現在の旅館経営を複雑にしているのが、キャッシュレス化です。
以前であれば、宿泊したお客様がチェックアウト時に現金で支払う割合も高く、
宿泊日 ≒ 入金日
という売上も多くありました。
しかし現在は違います。
クレジットカード。
OTAの事前決済。
オンライン決済。
旅行会社。
法人精算。
予約経路や決済方法によって、入金のタイミングが異なります。
例えば、今日100万円の宿泊売上があったとしても、
今日、銀行口座に100万円入るとは限りません。
一方で、
食材の仕入れ。
給与。
水道光熱費。
社会保険料。
借入返済。
税金。
これらには支払日があります。
つまり旅館経営では、
PL上では利益が出ているのに、手元資金が足りない
ということも起こり得ます。
キャッシュレスには「時間」と「手数料」がある
さらに、キャッシュレス決済には手数料が伴います。
OTAを利用すれば、販売手数料が発生します。
決済方法によっては、決済手数料も発生します。
そして、売上が発生してから実際に入金されるまでには時間があります。
このため、
売上100万円=使える現金100万円
ではありません。
どこから予約が入り、
どの方法で決済され、
いくら手数料が引かれ、
いつ入金されるのか。
これを把握しなければ、正確な資金繰りはできません。
旅館経営では、
利益管理と資金管理を、同時に行う必要があります。
PLだけを見ていても、旅館は回らない
経営分析ではPL、つまり損益計算書を見ることが基本です。
売上はいくらか。
原価はいくらか。
人件費はいくらか。
営業利益はいくらか。
もちろん非常に重要です。
しかし旅館経営では、それだけでは足りません。
例えば設備が故障すれば、突然数百万円単位の支出が発生することがあります。
ボイラー。
空調。
給排水設備。
厨房機器。
エレベーター。
温泉設備。
建物そのもの。
旅館は、大きな施設を365日動かしている事業です。
そして過去の設備投資に対する借入金の返済もあります。
だから、
「今月はいくら儲かったか」と同時に、
「半年後まで現金が回るか」を見なければならない。
旅館経営では、この視点が欠かせません。
資金力のある会社ほど、支え続けられてしまうことがある
ここに、異業種企業が旅館へ参入するときの一つの難しさがあります。
本業で利益を出している会社であれば、旅館の資金が不足しても、
本体から資金を入れることができます。
最初は、
「今月だけ」
かもしれません。
しかし旅館の収益構造そのものが変わっていなければ、
翌月も足りない。
その次も足りない。
設備が壊れて、さらに資金が必要になる。
そして、
本業で稼いだ資金を旅館へ融通し続ける
という状態になることがあります。
資金力があるからこそ、赤字構造を長期間維持できてしまう。
しかし、それは再生ではありません。
旅館を助けていたはずが、本体まで弱くなる
ここが、最も怖いところです。
旅館単体の赤字で終わっている間は、まだ問題を切り分けられます。
ところが、本体から何度も資金を融通すれば、
本来、本業で使うはずだった運転資金や設備投資資金まで旅館へ流れていきます。
すると、
旅館を立て直すために参入したはずが、今度は本体企業の資金繰りまで圧迫する。
私は、そうした企業をこれまで見てきました。
これは旅館経営への参入そのものが悪いという話ではありません。
問題は、
資金を入れることと、事業を再生することを同じだと考えてしまうこと
です。
お金を入れても、「穴」が塞がっていなければ流れ続ける
例えば毎年3,000万円のキャッシュが流出する旅館があったとします。
そこへ5,000万円の資金を入れる。
一時的には安心できます。
しかし、経営構造が何も変わらなければどうでしょうか。
翌年も3,000万円。
その翌年も3,000万円。
資金はなくなります。
そこで、また追加資金を入れる。
これを繰り返しても、
旅館を再生しているのではなく、赤字を資金で埋め続けているだけ
です。
大切なのは、追加資金の金額ではありません。
なぜ資金が流出しているのかを止めることです。
資金を入れる前に、「この旅館はどうすれば自分で回るのか」を考え
もちろん、旅館再生には資金が必要です。
私たちも資金の重要性を否定するつもりはありません。
むしろ再生には、
運転資金。
設備投資資金。
金融支援。
そして改善効果が現れるまで耐える資金。が必要です。
しかし、その資金には、
「何を変えるためのお金なのか」という目的が必要です。
料金を変える。
商品を変える。
料理を変える。
営業日を変える。
人員配置を変える。
販売方法を変える。
不採算部門を見直す。
設備規模を見直す。
そして、
その旅館自身が生み出すキャッシュの範囲で経営できる状態へ近づけていく。
そこまで行って初めて、資金が「延命資金」ではなく「再生資金」になります。
資本力ではなく、事業性を再生する
これは、これまでこのコラムで書いてきたM&Aの話ともつながります。
資金力のある会社に買ってもらう。
大きな資本を入れる。
金融機関が追加融資する。
それによって旅館を存続させることはできます。
しかし、
資金を供給し続けなければ存在できない旅館のままでは、
問題を次の所有者へ送っているだけです。
所有者が変わる。
また資金を入れる。
それでも収益構造が変わらない。
そして、また次の所有者を探す。
これでは、同じ問題が繰り返されます。
私たちが再生したいのは、資金繰りを一時的につなぐことではありません。
旅館そのものがキャッシュを生み出せる事業へ戻ること。
それが旅館再生だと考えています。
「いくら必要か」の前に、「なぜ足りないのか」
旅館の資金繰りが厳しくなったとき、
「あといくらあれば大丈夫なのか」
という話になりがちです。
しかし、その前に確認しなければならないことがあります。
なぜ、お金が足りなくなったのか。
一時的な設備投資によるものなのか。
季節的な資金需要なのか。
借入返済が重いのか。
それとも、
旅館そのものが、営業するほどキャッシュを失う構造になっているのか。
ここを見極めずに資金だけを入れても、根本的な解決にはなりません。
だから旅館再生では、PLだけではなく、
キャッシュフローを見る。
そして、
キャッシュが流出する原因を、旅館の現場まで遡って直す。
ことが必要です。
旅館を、地域に残す。
旅館を残すためには、資金が必要です。
しかし、資金だけでは旅館は残りません。
本当に必要なのは、
その旅館が自ら売上をつくり、
必要な費用を支払い、
借入金を返済し、
設備を更新し、
そして次の一年を自分の力で迎えられる経営をつくることです。
本業から資金を送り続けなければ維持できない旅館ではなく、
金融機関が安心して資金を出せる旅館へ。
次の買い手を探し続ける旅館ではなく、
その場所で長く経営を続けられる旅館へ。
資金で赤字を埋めるのではなく、
資金が残る事業へ変える。
それが、旅と館が考える旅館再生です。
金融機関・支援機関の皆様へ
取引先や支援先の旅館について、
「追加融資をしても、また資金が足りなくなる」
「スポンサーから何度も資金を入れている」
「PL上の改善計画はあるが、資金繰りが改善しない」
「買収後、本体企業から旅館への資金融通が続いている」
そんな状況があるなら、
「あといくら必要なのか」だけではなく、「なぜ資金が足りなくなるのか」
を一度、旅館の現場から確認する必要があるかもしれません。
正式な再生案件になる前でも、旅館名や企業名を伏せた段階でも構いません。
その旅館が、本当に自分自身でキャッシュを生み出せる事業へ戻れるのか。
そこから一緒に考えさせていただければと思います。
