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旅館のノウハウは、「宿」に残るとは限らない。

23 分前
読了時間: 8分

創業50年。

創業100年。


長く続いてきた旅館には、それだけの歴史があります。当然、長く続いてきた旅館には経営のノウハウも蓄積されている。そう思われるかもしれません。


しかし、旅館の現場を長く見ていると、必ずしもそうではないと感じます。なぜなら、


旅館のノウハウの多くは、「会社」ではなく「人」に蓄積されているからです。


料理。

接客。

仕入れ。

設備管理。

人員配置。

そして、予約・販売。


それぞれの仕事に、

「この人がいるから回っている」

というキーマンが存在する旅館は少なくありません。


その人がいる間は、問題なく経営できる。

ところが、その人が辞めた途端に、

「あれ、どうやっていたんだろう」となる。


これは旅館経営において、決して珍しい話ではありません。



長く続いている旅館だから、ノウハウが残るわけではない


会社には、建物が残ります。設備が残ります。

顧客データも残ります。マニュアルも残せます。


しかし、

「なぜ、この判断をしたのか」までは、簡単には残りません。


例えば予約担当者が、「この日は、まだ料金を下げない方がいい」と判断する。

その理由は、マニュアルの一行では説明できないことがあります。

昨年の予約の動き

曜日

周辺イベント

客層

予約の入り方

キャンセルの傾向

競合施設の価格

残室数


問い合わせの感触やこれまでの経験から、

「まだ売れる」と判断しているのかもしれません。


反対に、「この日は早めに動いた方がいい」と判断することもある。


この判断を支えているのが、知識と経験の積み重ねです。

だから担当者だけを入れ替えても、翌日から同じ仕事ができるとは限りません。



特に「予約」を管理できる人材は貴重


旅館には多くの仕事があります。

その中でも、経営に直結する重要な仕事の一つが、予約・販売の管理です。


予約担当というと、

・電話を取る

・予約を入力する

・問い合わせに答える

という事務的な仕事に見えるかもしれません。


しかし、私はそう考えていません。

特に人気旅館ほど、予約担当者が見ているものは複雑です。


いつ売るのか。

いくらで売るのか。

どのプランを売るのか。

どの予約経路を使うのか。

どこまで予約を取るのか。

何室残すのか。

何人受け入れるのか。

団体を取るのか。

個人客を優先するのか。

繁忙日にどの客室をどう組み合わせるのか。


そして、

その予約を受けた結果、現場が本当に回るのか。

ここまで考える必要があります。



「満室にすること」と「売上を最大化すること」は違う


例えば、客室を埋めるだけなら料金を下げれば予約が増えることがあります。

しかし、それが正しいとは限りません。


早い段階で安い料金の商品を売り切ってしまえば、

本来高い料金で販売できた需要を逃すかもしれません。


逆に、料金を高く維持しすぎれば、予約が入らないまま宿泊日を迎えることもあります。


さらに旅館の場合、客室だけを見ればよいわけではありません。

夕食会場

調理能力

配膳

朝食

布団敷き

清掃

駐車場

送迎

スタッフ配置

さまざまな制約があります。


だから予約担当者は、

「あと何室売れるか」だけではなく、

「どう売れば旅館全体として最も良い結果になるか」

を考える必要があります。


人気宿ほど、この管理と段取りの差が売上に表れます。



売上は、予約が入った瞬間からつくられている


旅館の売上は、宿泊日に突然できるものではありません。

数か月前

数週間前

数日前

その時々の予約状況を見ながら、少しずつつくられていきます。


例えば、3か月先の土曜日。

まだ20室空いている。


このとき、

「予約が少ないから値下げしよう」と判断する人もいれば、

「この時期ならまだ動く。今は下げない」と判断する人もいる。

その小さな判断の積み重ねが、最終的な売上になります。


つまり、

予約担当者は、未来の売上をつくっている。

私はそう考えています。



キーマンが一人辞めただけで、構造が崩れることがある


ここが、人に依存した経営の怖さです。


優秀な予約担当者がいる。

その人が何年も予約を管理している。

売り方を知っている。

お客様を知っている。

旅行会社を知っている。

OTAを知っている。

現場の能力も知っている。

だから経営が回っている。


ところが、その人が退職する。あるいは、他社へ移る。

旅館業界でも、経験を持つ人材が他施設から声を掛けられる、いわゆる引き抜きは現実にあります。


そして別の人が担当する。

システムは同じ。

客室も同じ。

料理も同じ。

旅館も同じです。


それでも、

売上が変わることがあります。


なぜなら、失われたのは一人の労働力だけではないからです。

その人が持っていた、

経験、判断基準、段取り、販売感覚、人間関係。

これらまで一緒に旅館からなくなってしまうからです。



「優秀な人を採用すればいい」では解決しない


それなら、また経験者を採用すればいい。

そう考えることもできます。


しかし、簡単ではありません。

旅館の予約・販売を理解し、

OTAを扱え、

料金を考え、

需要を読み、

現場との調整ができ、

数字も理解できる。


そんな人材をすぐに採用できる旅館が、どれだけあるでしょうか。

しかも、その旅館独自の客室構成や商品、顧客、地域特性を理解するには時間も必要です。


だから、

「誰か一人、優秀な人を探す」ことを解決策にしてはいけない

と思っています。



人に依存しているノウハウを、組織のノウハウへ


私が旅館の経営支援をするとき、大切にしていることがあります。


私自身が持っている旅館経営の知識や経験、考え方を、

私だけのものにしないことです。


例えば、

なぜ、この料金なのか。

なぜ、この日は売れると考えるのか。

なぜ、このプランを止めるのか。

なぜ、今は値下げしないのか。

なぜ、この予約を取るのか。

なぜ、この予約を取らないのか。


単に、

「こうしてください」ではなく、


「なぜ、そう考えるのか」まで共有する。


そして、その中心となるのが予約担当者です。



予約担当者を、「予約を入力する人」から「売上をつくる人」へ


これは非常に重要だと考えています。


予約担当者が、

「入ってきた予約を処理する人」で終わってしまえば、販売は受け身になります。


そうではなく、

・昨日まで何室売れたのか

・前年と比べてどうなのか

・どの日が弱いのか

・どの商品が売れているのか

・どの料金帯が動いているのか

・どこから予約が入っているのか

・この先、何を売るべきなのか

そうしたことを考える。


すると予約部門は、単なる事務部門ではなく、

旅館の売上をつくる部門になります。



さらに、その考え方を旅館全体へ広げる


そして、予約担当者だけが理解していても十分ではありません。


フロント

料飲

調理

清掃

経営者


それぞれが、

「なぜ今、この商品を売っているのか」

「どんなお客様を増やしたいのか」

「今月どこで売上をつくるのか」を共有する。


予約担当者を中心に、

売上に対する共通認識を社内につくる。


これができれば、

一人の優秀な担当者だけに依存する経営から少しずつ離れることができます。



マニュアルを作るだけでは、ノウハウは残らない


もちろん、業務をマニュアル化することも大切です。


しかし私は、

手順を残すことと、ノウハウを残すことは違う

と考えています。


「このボタンを押す」

「この数字を入力する」

という手順はマニュアルにできます。


しかし、

「この状況なら、どう考えるか」

という判断力は、それだけでは育ちません。


必要なのは、

・判断する

・結果を見る

・なぜそうなったのか検証する

・次の判断へ生かす  という経験です。


だから、ノウハウの共有とは資料を渡すことではなく、

考え方を共有し、一緒に判断する時間を積み重ねること

だと思っています。



旅館再生では、「人」を残すだけでは足りない


旅館再生というと、

・資金繰り

・借入金

・設備投資

・人件費

・原価

・集客

などに目が向きます。


もちろん、すべて重要です。

しかし、それらを動かしているのは人です。

だから、「キーマンを辞めさせない」ことも重要です。


でも、それだけでは十分ではありません。


本当に必要なのは、

その人がいなくなっても、考え方が旅館に残る状態をつくること。


優秀な人を残す。

その人が持っているノウハウも残す。

さらに、そのノウハウを次の人へ渡せるようにする。


そこまでやって初めて、旅館そのものに経営力が蓄積されていくのだと思います。



ノウハウは、宿に留まらない。だから、宿に残す。


長く続いてきた旅館だから、これからも続くとは限りません。

建物があるから続くわけでもありません。

ブランドがあるから続くわけでもありません。

旅館を動かしているのは、人です。


そして、その人たちが長い時間をかけて身につけてきた知識、経験、判断力が経営を支えています。だからこそ、


人に蓄積されたノウハウを、旅館のノウハウへ変えていく。


誰か一人の感覚ではなく、

会社として売上を考える。

会社として予約を考える。

会社として判断できる。

そんな旅館をつくる。


私は、それも旅館再生の大切な仕事だと考えています。


人が変わっても、考え方は残る。

担当者が変わっても、売る力は残る。


その状態までつくることができれば、旅館はもっと強くなります。



金融機関・支援機関の皆様へ


旅館の数字を見る際、ぜひ確認していただきたいことがあります。

「この旅館の売上は、誰がつくっているのか」です。


特定の担当者一人が販売を担っている。

その人にしか分からない業務が多い。

料金設定の根拠を経営者が把握していない。

予約担当者が変わると販売方針まで変わる。


こうした状態は、PLやBSには直接表れません。

しかし、旅館の事業継続性を考えるうえでは重要なリスクです。


設備や財務だけでなく、

「この旅館に経営ノウハウが残る仕組みがあるか」

を見ることも、旅館の事業性を考える一つの視点だと思います。

旅館名や企業名を伏せた段階でのご相談でも構いません。



 
 
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