
ホテルと旅館は同じではない。旅館再生に必要な、本当の専門性とは。
旅館の経営が厳しくなったとき、金融機関から外部コンサルタントの活用を提案されることがあります。経営計画をつくり、財務を分析し、改善策を整理する。外部の専門家を活用すること自体は、決して間違った選択ではありません。
しかし、旅館の現場と経営支援に携わってきた私は、一つの疑問を感じることがあります。その専門家は、旅館の売上を実際につくり、現場を動かすところまで理解しているのでしょうか。
経費を削減することと、旅館の事業性を再生することは同じではありません。さらに「ホテル・旅館専門」という言葉だけで、旅館独特の経営構造まで理解していると判断できるのでしょうか。
私たちがあえて「旅館専門」を掲げているのには、理由があります。
ホテルと旅館を、一括りにできない理由
ホテルも旅館も、お客様に宿泊していただく事業です。現在の旅館業法でも、営業許可の区分は「旅館・ホテル営業」に統合されています。しかし、制度上の区分が同じであることと、実際の経営構造が同じであることは別の話です。
例えば宿泊特化型ホテルでは、客室を一泊単位で販売することが事業の中心になります。私は、その収益構造を、一日単位で客室を提供する賃貸業に近いモデルだと捉えています。客室稼働率や客室単価、清掃やフロントの運営効率などを中心に考えやすい形態です。
一方、私たちが専門としている一泊二食型の温泉旅館では、客室を販売しただけでは仕事は終わりません。夕食と朝食、温泉、接客、配膳、客室準備、食事時間の調整など、さまざまなサービスを組み合わせて一泊の商品をつくります。
例えば70室の旅館で56室を販売しても、その56室に何人宿泊するのかによって、売上も仕事量も変わります。100人なのか、200人なのか。料理は何食必要なのか。食事会場に収容できるのか。調理や配膳の人員は足りるのか。大浴場や館内設備の維持費はどうか。客室稼働率だけでは利益を判断できません。
もちろん、宴会やレストランを備えたフルサービスホテルも複雑ですし、素泊まり中心の旅館もあります。名称だけで一律に分けられるものではありません。それでも、一泊二食型の温泉旅館と宿泊特化型ホテルの事業構造には、見過ごせない違いがあります。
だから「ホテルで経営改善をした経験がある」ということだけで、旅館の現場まで同じように改善できるとは限らないのです。
コスト削減だけでは、旅館は再生しない
経営改善の現場では、人件費率を下げる、食材原価を抑える、仕入先を見直す、経費を削減する、といった提案が出ることがあります。いずれも大切な取り組みです。しかし、その数字だけを追いかけると、旅館では逆効果になる場合があります。
例えば料理原価を下げるために品数や食材の質を見直した結果、お客様が感じる価値まで下がったらどうでしょうか。人員を減らした結果、食事提供が遅れ、接客品質が落ちたらどうでしょうか。費用は減っても、口コミや宿泊単価、再訪率に影響すれば、売上そのものを失いかねません。
また、旅館には決算書からは見えにくいコストがあります。予約情報の二重入力、部署間の確認電話、食事時間の調整、変更内容の転記、特定の担当者しか分からない仕事。こうした作業は人件費の中に埋もれています。現場の仕事の流れを知らなければ、削るべき無駄と、残すべきサービスを区別することも難しくなります。
本当に必要なのは、単に費用を減らすことではありません。お客様に選ばれる商品価値を保ち、売上をつくり、その売上を無理なく受け止められるオペレーションを組み立てることです。
旅館の収益改善は、売上とコストを別々に考えるのではなく、一つの事業構造として考えなければ成立しません。
旅館のネット集客は、広告を出すだけではない
旅館のネット集客を相談すると、Google広告、SEO対策、Instagram広告、ホームページ改善といった施策が提案されることがあります。これらは有効な手段です。実際に必要な旅館もあります。
しかし、アクセスを集めることと、旅館の売上を最大化することは違います。旅館の商品である客室には、宿泊日ごとに販売期限があります。今日売れなかった一室を、明日もう一度売ることはできません。しかも、曜日や季節、宿泊日までの残り日数、客層、客室構成によって需要は変わります。
70室ある旅館なら、個人客中心の市場では、一日分の客室を一組ずつ積み上げる必要があります。どの日の予約が弱いのか。いつ料金を動かすのか。どの宿泊プランを出すのか。どのOTAにどれだけ在庫を出すのか。どの客層に何を訴求するのか。こうした判断が売上を左右します。
さらに、予約を取れたとしても、食事会場や厨房の受入能力を超えれば現場が回りません。安い料金で早く売り切れば、後から高い料金で予約してくれるお客様を受け入れられないこともあります。反対に、強気の料金を維持しすぎれば、売れ残ることもあります。
旅館のネット集客は、単に広告から予約ページへ人を集めることではありません。限られた客室在庫を、適切な時期に、適切な客層へ、利益が残る条件で販売することです。
Google広告やSEOが不要なのではありません。それらを使う前提となる旅館の販売戦略が整っているかどうかが重要なのです。
なぜ、旅と館は「旅館専門」なのか
私自身、旅館の現場で16年間の実務経験を積み、フロント、予約、販売、システム、現場運営などに携わってきました。その後も旅館の経営支援を続け、現在はホテルひるがみの森の運営にも携わっています。
ホテルひるがみの森では、再生当初にじゃらんnetのエリア内ランキングで最下位クラスだったところから、上位を争うまで販売力を回復させてきました。以前勤務していた旅館でも、エリア上位まで販売を伸ばした経験があります。
もちろん、こうした実績があるからといって、すべての旅館で同じ方法が通用するわけではありません。客室数、収容人数、料理、温泉設備、従業員の経験、地域の需要、仕入れやコスト構造は施設ごとに違います。だからこそ、その旅館に合った経営構造を考える必要があります。
私たちも旅館の経営支援を行う立場です。コンサルティングそのものを否定するつもりはありません。むしろ、財務や組織、人事、設備など、それぞれの専門家の力を組み合わせることが必要な場面は多くあります。
ただ、旅館の売上をどうつくるか。その予約を現場でどう受け止めるか。そして利益と返済原資をどう残すか。ここを実際の現場と結びつけて考えることが、私たちの専門領域です。
だから私たちは、幅広い宿泊業一般ではなく、「旅館専門」であることにこだわっています。
金融機関と、実行できる再生計画をつくる
金融機関が外部の専門家を紹介されることは、取引先を支えるための大切な取り組みです。ただ、旅館の再生では、その旅館が抱える課題と、専門家の経験や得意分野が合っているかという視点も重要ではないでしょうか。
財務分析ができること。経営改善計画を作成できること。Web広告を運用できること。いずれも専門性です。しかし、それだけで旅館の販売と現場の課題をすべて解決できるとは限りません。旅館の予約販売や商品構成、料理・接客・オペレーションを理解し、実際に改善を実行できるかという視点も必要です。
私たちが目指すのは、金融機関の役割を代わりに担うことではありません。金融機関が持つ財務・金融の専門性と、私たちが持つ旅館の現場・販売・運営の経験を組み合わせ、事業として続けられる再生計画をつくることです。
計画書に売上増加と経費削減を書くだけなら、数字は整えられるかもしれません。しかし、重要なのはその数字を現場で実現できるかどうかです。旅館再生に必要なのは、計画書を完成させることではなく、計画を実現できる経営をつくること。
正式な再生案件になる前でも、旅館名を伏せた段階でのご相談でも構いません。旅館所有者の皆様には、まずお取引のある金融機関へご相談いただきたいと考えています。金融機関の皆様とともに、売却や廃業だけではない選択肢を検討していきたいと思います。
旅館を、地域に残す。


