「うちの旅館には売れるものがない」は、本当でしょうか。
旅館の経営改善に携わっていると、
「うちには売れるものがないんです」という言葉を聞くことがあります。
建物が古い。客室に特徴がない。絶景や有名な料理があるわけでもない。
だから売れない。
しかし私は、本当にそうなのだろうかと思います。
私たちが再生に取り組んできたホテルひるがみの森も、最初から競争力の高い旅館だったわけではありません。再生を始めた当時、じゃらんnetのエリア内ランキングでは最下位クラスでした。
そこから商品を見直し、強みをつくり、見せ方、価格、販売判断を変えてきました。現在では月によって変動はあるものの、エリア1位・2位を争えるところまで回復しています。
私自身、以前勤務していた旅館でもエリア1位まで販売を伸ばした経験があります。
だから「武器がないから売れない」とは考えていません。
武器がないならつくればいい。
強みをお客様から選ばれる商品へ変える。
そこまでが旅館の販売だと思っています。
最初から「強い旅館」だったわけではない
ひるがみの森は新築でも、すべてが高付加価値客室でも、圧倒的なブランド力を持つ旅館でもありませんでした。私たちは「ないもの」ではなく「今あるものから何を商品にできるのか」を考えてきました。
温泉、料理、立地、客室、スタッフ、周辺観光、利用目的、季節。組み合わせれば商品は変わります。
「強み」とは、豪華な設備だけではない
露天風呂付き客室、絶景、高級料理、歴史、ブランドだけが強みではありません。家族で利用しやすい、子どもが楽しめる、特定の季節や観光目的に強い、価格と内容のバランスがいい、接客が評価されている。こうしたものも商品になります。
重要なのは「他の旅館と何が違うのか」を、お客様に分かる形にすることです。
同じ旅館でも、「売り方」で結果は変わる
写真、タイトル、宿泊プラン、ターゲット、価格、販売時期、OTA、在庫、料金を動かすタイミング。これらの判断によって、同じ客室、温泉、料理でも販売結果は変わります。
旅館の販売は単なる集客ではなく、商品をつくり、価値を伝え、価格を決め、需要を読み、予約へ変える経営活動です。
70室の旅館には、毎日70室の商品がある
現在、以前と同じように団体需要だけを前提として経営を組み立てることは難しくなっています。70室ある旅館で今日予約が一件もなければ、今日販売すべき客室は70室です。明日も70室。一週間なら490室分の在庫です。
今日売れなかった一室は明日売り直せません。今日の一室は今日しか売れないのです。
個人客中心なら、その70室を一組ずつ積み上げる
一件一室なら、70室を満室にするには最大70件近い予約を一日分として積み上げる必要があります。複数室予約もあるため必ず70件という意味ではありません。重要なのは、一つの団体で20室、30室と動いていたものを、個人客中心では1室、また1室と積み上げ、それを365日分考えなければならないことです。キャパシティは強みであると同時に、販売しなければならない量でもあります。
個人客が増えると、コスト構造も変わる
さらに見落とされやすいのがコストです。同じ30室でも、一つの団体で30室を販売する場合と、30組の個人客に30室を販売する場合では仕事量は同じではありません。予約件数、問い合わせ、変更、キャンセル、チェックイン、会計、食事時間の調整が増え、予約経路や決済方法も分散します。
「客数」だけではなく「予約件数」がコストを生む
100人でも50人×2団体なのか、2人×50組なのかでは仕事量が違います。50組なら50件の予約情報、チェックイン、要望、食事時間、会計、予約条件を管理します。「宿泊人数が同じ=必要な仕事量も同じ」ではありません。個人客中心への変化は、経営のオペレーションそのものを変えます。
コストが上がった。だから料金を上げる。本当にそれだけでしょうか。
食材費、人件費、電気代、燃料費などが上がれば宿泊料金を上げる判断になります。適正な値上げは必要です。しかし値上げだけで収益構造を改善するには限界があります。旅館には値上げでは解決できないコストがあるからです。
本当に改善すべきなのは、「見えづらいコスト」
食材原価、電気料金、OTA手数料、給与総額は数字で見えます。しかしオペレーションの中の無駄は見えづらい。電話を何度も取り次ぐ。同じ予約情報を複数箇所へ入力する。担当者しか分からない。部署ごとに別管理する。変更確認を何度もする。一つ一つは数分だからこそ、経営者からコストに見えにくいのです。
5分の無駄は、PLに「5分」とは出てこない
一つの予約処理で余計な5分がかかれば、50予約で250分、約4時間です。それが毎日続いても、PLに「予約処理の無駄 4時間」とは表示されません。人件費や残業代に埋もれ、「人が足りない」という声になります。本当に人が足りないのか。それとも仕事の仕組みに問題があるのか。ここを見る必要があります。
個人客を増やすなら、オペレーションも変えなければならない
個人客を増やし、予約件数と売上が増える。ここまでは販売の成功です。しかし予約処理、問い合わせ、チェックイン、食事、清掃、会計、変更、キャンセルまで同じ仕組みなら、仕事量も膨らみます。売上は増えたが、人件費と残業も増え、利益が残らない。だから売上を増やすことと、売上が増えても回る仕組みをつくることはセットです。
「人を減らす」と「仕事を減らす」は違う
人件費を減らすために人を減らすのではなく、まずやらなくてもいい仕事を減らす。人だけ減らして仕事量が同じなら、負担増、サービス低下、離職につながります。仕事そのものを減らし、そのうえで必要な人数を考える。この順番が重要です。
じゃらん最下位クラスから、エリア上位へ
ひるがみの森は2026年のじゃらんnetランキングで複数月にエリア1位・2位となり、2026年8月には全館内順位がエリア2位/146宿、宿種別順位がエリア2位/69宿となっています。月によって順位は変動します。
再生当初にエリア最下位クラスだった旅館が上位を争えるまでになったのは、新築にしたからでも、突然圧倒的な観光資源が生まれたからでもありません。今あるものから強みをつくり、差別化し、商品にし、適正な販売判断を積み重ねてきた結果です。

※じゃらんnet管理画面「売上ランキング」(2026年9月25日算出)
今回は、答えを書きません
では、個人客中心の市場で70室、100室という客室をどう販売するのか。そして増え続ける個人予約を、コストを膨らませずにどう処理するのか。これは大型旅館が向き合う二つの大きな課題です。今回は、あえて解決策までは書きません。
ただ一つ言えるのは、「値上げすれば解決する」というほど旅館経営は単純ではないということです。売り方を変える。商品を変える。そして仕事の仕方そのものを変える。そこまで踏み込まなければ、本当の意味での旅館再生にはならないと考えています。
「武器がないから売れない」ではない
旅館に最初から分かりやすい武器がなくても、強みを見つけ、つくり、お客様に伝わる商品へ変えることはできます。何を売るのか。誰に売るのか。どう見せるのか。いくらで、いつ売るのか。その判断を毎日積み重ねられるか。売れる旅館とは、自分たちの武器をつくり、それを予約に変え続けられる旅館だと考えています。
旅館を、地域に残す。
株式会社 旅と館
金融機関・支援機関の皆様へ
「施設が古いから仕方がない」「この地域では売れない」「特徴がないから難しい」と判断される前に、その旅館は本当に売れないのか、それともまだ強みを商品にできていないのかを確認していただきたいと思います。
大型旅館では、その客室数を個人客中心の市場でどう埋め、増える予約件数をどう処理するかという問題もあります。これは単なる集客ではなく、売上、利益、返済原資を生み続けられるかという事業性の問題です。正式な再生案件になる前でも、旅館名や企業名を伏せた段階でも構いません。


