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旅館のM&Aは、本当に金融機関にとって「一番安全な選択」なのか。

9月4日
読了時間: 7分

旅館の経営が厳しくなったとき、金融機関にとって最も重要なことの一つが「債権保全」であることは、当然だと思います。


融資した資金を、できるだけ確実に回収する。

追加の損失を防ぐ。

返済可能性を見極める。

そのために、M&Aによる事業承継が選択肢になることもあります。


買い手に十分な資金力があり、既存借入金が返済されるのであれば、金融機関にとって非常に分かりやすい解決方法です。


私たちも、M&Aそのものを否定しているわけではありません。

ただ、旅館再生の現場に長く携わってきた立場から、一つ考えてみたいことがあります。


それは、

「既存債権を回収できること」と「金融機関にとって最も良い再生になること」は、本当に同じなのか。

ということです。



M&Aで債権を回収できれば、それで終わりなのか


例えば、経営が厳しくなった旅館を、大手企業や資金力のある会社が買収したとします。

買収時に既存借入金が完済されれば、金融機関は債権を回収できます。

これは大きなメリットです。


一方で、その後について考えてみると、別の見方もできます。

旅館の借入金が完済されれば、その融資残高はなくなります。

当然、その融資から得ていた利息収入もなくなります。


さらに買収した会社が別の金融機関をメインバンクとしている場合、その後の設備投資や運転資金についても、従来の金融機関との取引が続くとは限りません。


つまり、

債権回収には成功したけれど、取引先そのものを失う

ということもあり得ます。


もちろん、それでも債権回収を優先すべき案件はあります。

しかし、すべての案件を同じ考え方で処理する必要があるのか。

そこには検討の余地があると思っています。



「回収する」以外に、「もう一度貸せる企業に戻す」という考え方


もし、その旅館に再生可能性があるとしたらどうでしょうか。


売上はある。

お客様も来ている。

温泉や料理などの商品力もある。

地域で一定の知名度もある。


しかし、

料金設定が適切でない。

原価管理ができていない。

人員配置に無駄がある。

販売方法が古い。

利益が残らない。

そうした経営上の問題によって、借入金の返済が苦しくなっている旅館もあります。


この場合、旅館そのものに価値がないわけではありません。

経営の仕組みを変えることで、再び返済可能な事業へ戻せる可能性があります。


金融機関にとって旅館再生とは、債権を回収することだけではなく、

「もう貸せない企業」を「もう一度貸せる企業」に戻すこと

とも言えるのではないでしょうか。



債務を整理することは、本当に金融機関にとってマイナスだけなのか


旅館再生では、既存借入金をそのまま維持することが難しい場合もあります。


返済期間を延ばす。

返済条件を変更する。

場合によっては、債務の一部について整理を検討する。

こうした対応が必要になるケースもあります。


金融機関から見れば、当然簡単な話ではありません。

債務圧縮が発生すれば、一定の損失が生じる可能性があります。


しかし、再生を考えるときには、その瞬間の損失だけではなく、

その後にどのような取引関係を作れるのか

まで考える必要があると思います。


経営を立て直した旅館には、再び資金需要が生まれます。

客室改修。

大浴場改修。

厨房設備。

空調設備。

送迎車。

予約システム。

人材採用。

事業を続けていれば、さまざまな投資が必要になります。


つまり、

再生できれば、金融機関にとって再び融資できる取引先になる可能性があります。


既存債権を回収して関係が終わるのか。

一部の負担を受けながらでも事業を残し、その後も長く取引を続けるのか。

これは単純な比較ではありません。

だからこそ、案件ごとに考える必要があります。



私たちは、その再生を実際に経験しています


私たちが現在運営している「ホテルひるがみの森」も、もともとは再生案件として事業を引き継いだ旅館です。


私自身、旅館の現場で長く実務に携わる一方、中小企業庁の「ミラサポ」において、旅館分野の専門家として支援活動を行ってきました。現在は制度そのものが変わっていますが、2021年3月に当社で当時の専門家登録状況を確認した際、旅館の現場経験を持ち、旅館を専門分野として活動する専門家は、全国で7名でした。

(※2021年3月、当社調べ。当時のミラサポ専門家登録情報をもとに確認)


私はその一人として、金融機関等とも連携しながら、旅館の経営支援に携わってきました。

しかし、専門家として外から経営改善を助言することと、自ら旅館の経営者となり、借入金を返済しながら事業を再生することは、まったく違います。ひるがみの森では、実際に事業を引き継ぎました。


現場に入りました。

売上をつくりました。

雇用を維持しました。

設備投資も行いました。


そして、金融機関への返済を続けながら、経営を立て直してきました。

私たちが「M&A以外にも旅館再生という選択肢がある」と考えるのは、机上の理論だけではありません。


自分たち自身が、その再生を経験してきたからです。



再生後には、新しい資金需要が生まれる


ここは金融機関にとって、非常に重要な点だと思います。

旅館を再生して経営が安定すると、「借金を返すだけの会社」ではなくなります。

次の投資を考えられる会社になります。


例えば、

・老朽化した客室を改修する。

・大浴場を改修する。

・高効率な設備へ更新する。

・新しい商品をつくる。

・省人化のためのシステムを導入する。

こうした投資が必要になります。


そのとき、金融機関との関係は、「問題債権をどう処理するか」という関係から、

「この会社をどう成長させるか」という関係へ変わります。

旅館再生の価値は、ここにもあると思っています。



旅館が残れば、その周辺の取引先も残りやすい


さらに地域金融機関の場合、旅館一社だけを見ているわけではありません。


旅館に食材を納める会社。

酒屋。

クリーニング会社。

設備会社。

建設会社。

タクシー会社。

土産物店。

そこで働く従業員。

それぞれが、同じ金融機関の取引先であることも少なくありません。


一軒の旅館が地域に残るということは、

その旅館を中心に存在する地域の取引関係も残る

ということです。


旅館再生は、一社の問題だけではありません。

地域の金融機関だからこそ、その全体を見ることができます。



「債権保全」と「事業を残すこと」は、必ずしも反対ではない


債権保全を優先すれば、事業再生は難しい。

事業再生を優先すれば、金融機関が損をする。

必ずしも、そういう二者択一ではないと思っています。


もちろん、すべての旅館が再生できるわけではありません。

既存債務が大きすぎる。

施設の競争力が著しく低下している。

設備投資額が事業規模に見合わない。

経営を引き継ぐ主体が見つからない。

そうした場合には、M&Aや事業譲渡、廃業が適切な選択になることもあります。


大切なのは、

最初からM&Aだけを出口にしないこと。


まず、その旅館に再生可能性があるのかを確認する。

そして、

債権をどう守るのか。

事業をどう残すのか。

誰が経営を担うのか。

どの程度の債務なら返済できるのか。

再生後にどのような資金需要が生まれるのか。


そこまで含めて考える。

それが本来の事業再生ではないでしょうか。



回収して終わるのか。もう一度、融資できる企業に戻すのか


金融機関にとって、M&Aは非常に重要な選択肢です。

しかし、旅館再生にはもう一つの可能性があります。


既存債権を回収して取引を終えるのではなく、

経営を立て直し、返済できる会社に戻し、その後の設備投資や成長資金まで含めて、

長く付き合える取引先として残す。

私たちは、金融機関にとっての旅館再生には、そうした意味もあると考えています。


債権を回収して終わるのか。

もう一度、融資できる企業に戻すのか。


旅館を地域に残すことと、金融機関の債権を守ること。

その両方を目指せる案件も、まだあるはずです。



金融機関・支援機関の皆様へ


取引先の旅館について、

「M&Aを検討しているが、本当にそれしかないのか」

「債権保全を考えると売却が安全だが、地域への影響も大きい」

「事業自体には価値がありそうだが、現在の経営では返済が難しい」

「経営を引き継いで再生できる事業者がいれば検討したい」


そのような案件がありましたら、正式な再生案件になる前でも構いません。

旅館名や企業名を伏せた段階でのご相談でも結構です。


「売れるか」だけではなく、「もう一度返済できる旅館に戻せるか」。

一緒に考えさせていただければと思います。



 
 
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