
「綺麗にする投資」と「売れる旅館をつくる投資」は違う。
旅館の経営改善を考えるとき、避けて通れないのが設備投資です。建物が古くなった。客室の内装が傷んできた。大浴場を改修したい。ロビーを綺麗にしたい。こうした相談は、旅館の経営に携わっていれば決して珍しいものではありません。
もちろん、老朽化した施設を維持し、安全で快適な環境を保つことは大切です。しかし私は、設備投資を検討するとき、必ず分けて考えたいことがあります。
それは「旅館を綺麗にする投資」と「お客様に選ばれる理由をつくる投資」は、同じではないということです。
例えば、客室の壁紙を張り替えれば部屋は綺麗になります。しかし、それだけで宿泊単価を上げられるでしょうか。それだけで競合旅館ではなく、自館を選んでもらえるでしょうか。工事を終えたという事実と、予約が増えるという結果の間には、もう一つ考えなければならないことがあります。
綺麗にすることと、選ばれることは違う
旅館の商品は、建物そのものだけではありません。客室、料理、温泉、接客、館内での過ごし方、周辺観光との組み合わせなどが、一つの宿泊体験をつくっています。そのため、設備を綺麗にしただけでは、必ずしも新しい商品価値が生まれるとは限りません。
例えば同じ予算で客室を改修するとしても、傷んだ内装を元の状態へ戻す方法と、家族連れが利用しやすい客室へ使い方を変える方法では、投資の目的が違います。前者は今の商品価値を維持するための投資です。後者は新しい客層から選ばれる理由をつくるための投資になり得ます。
温泉も同じです。同じ泉質であっても、湯殿のつくり、導線、休憩場所、貸切利用の有無などによって、お客様の体験は変わります。古くなった設備を直すだけで終わるのか、それとも温泉の魅力を宿泊商品としてどう伝えるかまで考えるのか。その違いは、改修後の販売にも表れます。
ただし、綺麗にするための投資が不要だと言っているわけではありません。漏水、設備故障、安全性、衛生面など、売上増加を直接生まなくても、営業を続けるために欠かせない投資があります。大切なのは、その投資が「営業を守るため」なのか「選ばれる理由を増やすため」なのかを、最初から明確にしておくことです。
維持する投資を集客投資だと説明してしまえば、改修後に期待した売上が増えないということにもなりかねません。目的が違えば、成果の測り方も違うのです。
設備投資は、旅館の商品開発でもある
私は、旅館の設備投資を単なる建物の修繕として考えるべきではないと思っています。旅館では設備そのものが宿泊商品の一部です。だから、改修を考える段階から「どんなお客様に、どんな価値を提供するのか」を決めておく必要があります。
例えば、今までと同じ客層に同じ商品を販売するのであれば、改修後に大きく単価が変わるとは限りません。しかし客室の使い方や温泉の楽しみ方を変え、これまで取り込めていなかった需要へ向けた商品をつくるのであれば、販売の可能性は変わります。
ここで重要なのは、改修することを先に決めて、工事が終わってから売り方を考えるのでは遅いということです。誰に来てほしいのか。何を魅力として伝えるのか。競合と何が違うのか。新しい宿泊プランはつくれるのか。宿泊単価や稼働率にどんな変化を見込むのか。そうした販売の設計が先にあるべきです。
「改装したから売る」のではありません。「売れる商品をつくるために改装する」。この順番を間違えないことが重要です。
もちろん、設備を変えれば必ず売れるわけではありません。地域の需要や価格帯、競合施設、お客様の評価を確認する必要があります。さらに、商品価値を上げるために新たなサービスを増やせば、人件費や維持費も増える可能性があります。売上が増えても、利益が残らなければ経営改善にはつながりません。
利益を残すための投資もある
設備投資というと、目に見える改装が注目されがちです。しかし旅館の収益構造を変える投資は、それだけではありません。仕事の流れを変えるための投資にも、大きな意味があります。
例えば、予約情報を何度も転記している。フロントと調理場で別々に管理している。変更のたびに電話で確認している。食事時間や送迎の調整に多くの時間を使っている。こうした見えづらい仕事を減らすための仕組みづくりも、利益を残すための投資です。
一方で、システムを入れれば必ず効率化できるわけでもありません。現場の業務を見直さないままシステムを増やせば、かえって入力先が増えることもあります。大切なのは、何の仕事を減らし、その時間を何に使えるようにするかを明確にすることです。
私は設備投資を、大きく三つの目的で考えています。第一に、安全性や老朽化に対応し、営業を維持するための投資。第二に、お客様に選ばれる理由を増やし、宿泊単価や集客力を高めるための投資。第三に、無駄な仕事やコストを減らし、利益を残すための投資です。
この三つは重なることもあります。しかし、どの効果を狙う投資なのかを整理しておけば、必要な投資額も、その後の評価も考えやすくなります。旅館を綺麗にするだけではなく、旅館の中身をどう変えるのか。そこにこそ経営改善の余地があります。
金融機関と考えたい、投資の先にある返済原資
旅館から設備投資の融資相談があったとき、金融機関が建物や設備の状態、工事費用、返済計画を確認するのは当然です。ただ、集客力向上を目的とする投資であれば、その先にどのような宿泊商品が生まれ、どのような売上と利益が見込めるのかまで一緒に考えたいと思っています。
例えば3,000万円をかけて大浴場を改修する場合、老朽化への対応が主目的なのか、新たな客層を獲得するための改修なのかで、投資判断の意味は変わります。営業を継続するために必要な投資であれば、既存事業からの返済可能性を考える必要があります。集客力を高める投資であれば、改修後の単価や予約数、追加の運営費用まで含めた見通しが必要です。
投資額を回収できるだけの売上増加が見込めるのか。売上が増えても、料理原価や人件費、光熱費がそれ以上に増えないか。借入金の返済を続けられるだけのキャッシュが残るのか。旅館の設備投資では、工事の見積書だけでなく、改修後の販売とオペレーションの計画を一体で考えることが重要です。
もちろん、すべての投資を短期的な売上増加だけで評価するべきではありません。安全性や法令対応、設備維持のために必要な投資もあります。だからこそ投資目的を混同せず、金融機関と運営者が同じ前提で計画を考える必要があるのです。
私たち旅と館は、建物を綺麗にすることそのものを目的にはしていません。その施設の客室数、収容人数、温泉、料理、販売力、現場の運営体制を見ながら、どの投資が経営を変えることにつながるのかを考えます。
何を直すかではなく、何を変えるか
綺麗な旅館をつくることと、売れる旅館をつくることは違います。そして、売れる旅館をつくることと、利益が残る旅館をつくることも、また違います。
工事が完成したとき、何が新しくなっているのか。それだけでなく、どのようなお客様が増え、どのような宿泊商品を販売でき、どのような仕事が減り、どれだけの利益と返済原資を残せるのか。そこまで考えることが、旅館の設備投資だと思っています。
「何を直すか」ではなく、「その投資によって、何を変えるのか」。旅館の経営再生では、まずこの問いから始めたいと考えています。
旅館を、地域に残す。 株式会社 旅と館


