「人が足りない」の前に、「仕事が多すぎないか」を考える。
「人が足りない。」旅館の現場で、いま最もよく聞く言葉の一つです。
募集しても応募がない。
採用しても定着しない。
繁忙日は残業が増える。
だから、もっと人を採用しなければならない。確かに人材不足は深刻です。
しかし、旅館の現場を長く見ていると、もう一つ確認しなければならないことがあると思っています。本当に「人」が足りないのでしょうか。それとも、「仕事」が多すぎるのでしょうか。
人手不足だから採用する。その前に、いま旅館の中で行われている仕事を一度すべて見直す。私は、それがこれからの旅館経営には必要だと考えています。
人手不足と、仕事量の問題は分けて考える
もちろん、必要な人数そのものが足りない旅館はあります。客室清掃、調理、接客など、人がいなければ成立しない仕事もあります。だから「採用は不要」という話ではありません。
問題は、人手不足という言葉だけで、現場で起きているすべてを説明してしまうことです。仕事量が100ある状態で80人分の力しかなければ、20足りない。そこで人を増やす。
しかし、その100の仕事の中に、そもそもやらなくていい仕事が20含まれていたらどうでしょうか。
採用する前に、仕事そのものを80にできる可能性があります。
旅館には「昔からやっている仕事」が多い
旅館は歴史の長い事業です。
そのため「昔からこうしている」という業務が数多く残っています。
紙へ書く。
その内容をパソコンへ入力する。
別の部署がもう一度転記する。
電話で確認する。
印刷して配る。
変更があれば書き直す。
一つ一つを見ると数分の作業です。そのため、大きな問題には見えません。しかし毎日、何十件、何百件と繰り返されれば大きな仕事量になります。
「昔からやっている」と「いまも必要である」は同じではありません。
見えやすいコストだけを削っても、経営は変わらない
経営改善では、人件費率、食材原価、水道光熱費、OTA手数料などが注目されます。数字として見えるため、改善対象にしやすいからです。
しかし、現場の無駄な5分、10分はPLには表示されません。
予約担当者が同じ情報を二度入力している。
フロントが食事時間を確認するため調理場へ電話する。
変更された予約を別の台帳へ転記する。
スタッフが情報を探して館内を移動する。
これらはすべて人件費になっています。
しかし決算書には「確認作業」「二重入力」「情報を探した時間」という勘定科目はありません。だから見えづらいのです。
5分を減らすことが、なぜ重要なのか
例えば、一件の予約処理に不要な作業が5分あるとします。1件なら、わずか5分です。しかし50件なら250分。約4時間です。毎日なら、一か月で100時間を超えることもあります。
ここを改善せずに「忙しいから一人採用しよう」と考えれば、旅館は不要な仕事をするために人を雇うことになります。
オペレーション改善とは、大きなシステムを導入することだけではありません。この5分を見つけて、一つずつ消していくことです。
人を減らすのではなく、「仕事を減らす」
オペレーション改善というと、「効率化して人件費を削減する」と受け取られることがあります。しかし、私は順番が逆だと考えています。
人を減らすことを目的にするのではありません。
まず、やらなくてもいい仕事を減らす。
二度やっている仕事を一度にする。
人が判断しなくてもよいことを仕組みにする。
情報を探す時間をなくす。
その結果として、同じ人数でも余裕が生まれる。残業が減る。お客様へ向き合う時間が増える。必要な人数も見えてくる。これが本来の改善だと思います。
旅館で減らしてはいけないものもある
効率化を進めれば、何でも減らせばいいわけではありません。旅館には、人が行うことそのものに価値がある仕事があります。
お客様を迎える。
会話する。
料理を提供する。
困っているお客様に気付く。
その旅館らしい接客をする。
これらまで効率だけを理由に削れば、旅館の商品価値そのものを下げてしまう可能性があります。
だから大切なのは、人にしかできない仕事と、人がやらなくてもよい仕事を分けることです。
「サービスを減らす」のではなく、「サービス以外の仕事を減らす」
私たちが目指すオペレーション改善は、お客様へのサービスを減らすことではありません。むしろ反対です。
スタッフが二重入力や確認電話、転記、情報探しに使っていた時間を減らせば、その時間をお客様へ使うことができます。
効率化とは、
サービスを削ることではない。
サービスに使える時間を取り戻すこと。
旅館では、この考え方が重要だと思っています。
個人客中心の時代だから、オペレーション改善が必要になる
前回の記事では、団体需要だけを前提にできない現在、70室ある旅館なら一日最大70件近い個人予約を積み上げなければならない場合もある、という問題を書きました。
個人客が増えれば、予約件数が増えます。問い合わせ、変更、キャンセル、チェックイン、食事時間調整、会計、決済も増えます。つまり売上を増やすほど、仕事量まで増える可能性があります。
この構造のまま販売だけを強化すれば、「売れるようになったのに現場が回らない」ということが起きます。だから販売改善とオペレーション改善は、別々の話ではありません。
値上げだけでは、構造は変わらない
コストが上がれば料金を上げる。これは必要な判断です。しかし、仕事の仕組みが非効率なまま料金だけを上げても、その非効率は残ります。
人件費が増えたから値上げする。さらに仕事量が増えて人件費が上がる。また値上げする。それだけでは、お客様に負担を求め続ける経営になってしまいます。
価格を適正化すると同時に、旅館の中身も改善する。売上を増やすだけでなく、その売上を利益へ変えられる仕組みをつくる必要があります。
システムを入れれば解決する、でもない
ここにも注意が必要です。オペレーション改善というと、すぐにDXや新しいシステムの導入という話になることがあります。もちろんシステムは有効です。
しかし、非効率な業務をそのままシステム化しても、本質的な改善にならないことがあります。まず必要なのは、現場を見ることです。誰が、いつ、何をしているのか。なぜその作業が必要なのか。その情報はどこから来て、次に誰が使うのか。
仕事の流れを理解してから、なくす、まとめる、変える、そして必要ならシステム化する。この順番が重要です。
キーマンに依存する仕事も、オペレーションの問題
以前の記事で、旅館のノウハウは「人」に依存しやすいと書きました。特定の担当者しか分からない仕事が多いことも、オペレーション上のリスクです。
「○○さんに聞かないと分からない」。この状態は、その人が優秀だから成り立っている一方、その人が休む、辞める、異動するだけで仕事が止まる可能性があります。
考え方や判断基準を共有し、情報を一か所に集め、誰でも必要な情報へたどり着けるようにする。これもオペレーション改善です。
人手不足だからこそ、「人がやる仕事」を選ぶ
これから旅館業界で、人材確保が急に簡単になるとは考えにくいでしょう。だからこそ、限られた人材を何に使うのかが重要になります。
紙からパソコンへ転記するために使うのか。情報を探すために使うのか。それとも、お客様を迎え、料理を提供し、旅館の価値を高めるために使うのか。
同じ一時間でも、旅館にとっての価値はまったく違います。
「人が足りない」の前に、「仕事が多すぎないか」
採用は重要です。待遇改善も必要です。給与を上げることも必要です。しかし、それと同時に旅館自身が「働きやすい仕事の仕組み」をつくらなければなりません。
不要な仕事が多い職場へ人を採用しても、忙しさは簡単には解消しません。むしろ、新しく入った人へ昔からの非効率なやり方を教え、次の世代へ引き継いでしまいます。
人材不足を採用だけの問題にしない。現場の仕事そのものを経営課題として見る。
それが必要です。
オペレーション改善は、利益改善でもある
5分を減らす。確認を一回減らす。入力を一回減らす。紙を一枚減らす。一つ一つは小さな改善です。
しかし、それが予約、フロント、調理、料飲、清掃、会計など旅館全体へ広がれば、大きな時間になります。その時間は、人件費だけでなく、残業、離職、採用、教育、そしてサービス品質にも影響します。
だからオペレーション改善は、単なる業務効率化ではありません。
旅館の利益構造そのものを改善する仕事だと考えています。
旅館を、地域に残す。
旅館を再生するためには、売上をつくらなければなりません。しかし売上が増えたとき、その売上を受け止められる現場も必要です。
売れる仕組みをつくる。そして、売れても回る仕組みをつくる。
人を減らすのではなく、無駄な仕事を減らす。スタッフが本当に必要な仕事へ時間を使える旅館にする。
それが、利益を残し、人を残し、旅館を長く続けることにつながると考えています。
旅館を、地域に残す。 株式会社 旅と館
金融機関・支援機関の皆様へ
取引先の旅館から「人が足りない」「採用できない」「人件費が上がっている」という話を聞いたとき、採用計画や人件費率だけでなく、もう一つ確認していただきたいことがあります。
その旅館では、どのような仕事に人の時間を使っているのか。二重入力、確認、転記、情報探しなど、決算書には直接現れない仕事がどれだけあるのか。
人手不足は重要な経営課題です。しかし、採用だけではなくオペレーションまで見ることで、別の改善余地が見つかることがあります。正式な再生案件になる前でも、旅館名や企業名を伏せた段階でも構いません。現場の仕事から、旅館の収益構造を一緒に考えさせていただければと思います。


