一軒の旅館がなくなると、地域から何がなくなるのか。
旅館の経営が厳しくなったとき、その問題は一企業の経営問題として扱われます。
売上が減っている。
赤字が続いている。
借入金の返済が難しい。
債務超過になっている。
金融機関から見れば、当然これらの数字を見ながら、その企業をどうするのか判断しなければなりません。しかし、旅館を実際に経営していると感じることがあります。
一軒の旅館がなくなるということは、一つの会社がなくなるだけではありません。
その旅館を中心につながっていた、地域の仕事や雇用、お金の流れまで失われる可能性があります。
旅館は、地域からたくさんのものを買っています
旅館は、お客様から宿泊代をいただく事業です。
しかし、その売上のすべてが旅館の中に残るわけではありません。
例えば料理を提供するためには、野菜。肉。魚。米。酒。調味料。などを仕入れます。
さらに、
クリーニング。
清掃用品。
燃料。
設備修繕。
電気工事。
建築。
造園。
タクシー。
バス。
印刷。
お土産。
さまざまな地域事業者と取引しています。旅館に1万円の売上が入ったとき、その一部は仕入れや人件費などとして、また地域へ出ていきます。
つまり旅館は、
地域外から来たお客様のお金を、地域の中へ流す入口
でもあります。
旅館がなくなると、売上を失うのは旅館だけではない
例えば、ある旅館が年間3億円を売り上げていたとします。
その旅館が廃業したからといって、地域から3億円だけがなくなるわけではありません。
旅館へ食材を納めていた会社の売上が減る。
クリーニング会社の仕事が減る。
設備会社の仕事が減る。
タクシー会社の利用が減る。
そこで働いていた人の雇用がなくなる。
従業員が地域を離れれば、スーパーや飲食店などで使われていたお金も減るかもしれません。
さらに旅館に泊まっていたお客様が来なくなれば、
周辺の飲食店。
土産物店。
観光施設。
ガソリンスタンド。
などにも影響します。
一軒の旅館の売上は、実は地域のさまざまな場所へつながっています。
「旅館が残った」だけでは、地域が残ったとは限らない
では、廃業せずM&Aで旅館が残れば、それですべて解決するのでしょうか。
もちろん、施設が営業を続けられることには大きな意味があります。
雇用が維持される場合もあります。
新たな投資によって、施設の魅力が高まるケースもあります。
ですから、地域外の企業や大手企業によるM&Aそのものを否定するものではありません。
一方で、運営主体が変われば、経営の合理化によって仕入れや運営方法が変わることもあります。
食材を本部の仕入先へ集約する。
リネンを全国契約の会社へ変更する。
予約業務を本部へ集約する。
管理部門を地域外へ移す。
従来の地元取引先との関係を見直す。
経営として合理的な判断であることも多いでしょう。
しかし地域から見ると、
旅館の建物と宿泊客は残ったけれど、地域に落ちるお金は以前より少なくなった
ということも起こり得ます。
だから、私たちは「旅館が存続したか」だけではなく、
どのような形で旅館が地域に残ったのか
まで考える必要があると思っています。
雇用も、地域にとって大きな資産です
旅館は、人を多く必要とする産業です。
フロント。
調理。
接客。
清掃。
予約。
施設管理。
さまざまな人が働いています。
地方の温泉地では、数十人を雇用する事業者そのものが多くありません。
一軒の旅館が50人を雇用していれば、それだけで50人分の仕事があります。
そして、その後ろには家族の生活があります。
旅館がなくなったとき、全員が同じ地域で次の仕事を見つけられるとは限りません。
働く場所がなくなれば、地域外へ転居する人も出てきます。
人口が減れば、学校、商店、飲食店などにも少しずつ影響が広がっていきます。
旅館を残すということは、建物を残すことではなく、地域で暮らすための仕事を残すことでもあります。
温泉地は、一軒だけでは成り立たない
もう一つ重要なのが、温泉地全体への影響です。
温泉地は、一軒の大型旅館だけで成り立っているわけではありません。
大小さまざまな旅館。
飲食店。
土産物店。
観光施設。
共同浴場。
地域のイベント。
そして、そこに暮らす人たち。
こうしたものが集まることで、「温泉地」という一つの目的地になります。
ところが旅館が一軒、また一軒となくなっていけば、街の明かりが減ります。
訪れる人が減ります。
商店も減ります。
働く場所も減ります。
やがて、
「その旅館がなくなった」のではなく、「温泉地そのものの魅力が弱くなった」
という状態になってしまいます。
だから旅館再生は、一企業だけの問題ではありません。
地域金融機関だから見えるものがある
ここで、私たちが地域金融機関との連携を重要だと考える理由があります。
地域金融機関は、その旅館だけを見ているわけではありません。
旅館に食材を納めている会社も取引先かもしれません。
クリーニング会社も取引先かもしれません。
タクシー会社も、土産物店も、そこで働く従業員も、お客様かもしれません。
つまり地域金融機関は、
一軒の旅館を中心に、地域経済がどのようにつながっているのかを見ることができる立場
にあります。
M&A仲介会社とは違う。
コンサルティング会社とも違う。
地域に長く存在してきた金融機関だからこそ見えるものがあります。
「債権を守る」と「地域を守る」は、対立する話ではない
もちろん金融機関には、貸した資金を回収する責任があります。
「地域のためだから赤字企業を残しましょう」
という単純な話ではありません。
再生可能性がなければ、別の選択をしなければならないケースもあります。
しかし、
経営の仕組みを変える。
利益の出る事業へ変える。
適正な返済ができる状態へ戻す。
その結果として旅館が地域に残るのであれば、
事業再生と地域経済の維持は、同じ方向を向くことができます。
だからこそ、売却や廃業を決める前に、一度「再生できる可能性」を検討する意味があると思っています。
旅館を残すことは、地域のお金の流れを残すこと
私たちは、すべての旅館を残すべきだとは考えていません。
残念ながら、事業として継続することが難しい旅館もあります。
M&Aによって新しい経営者へ引き継ぐ方が良いケースもあります。
大切なのは、選択肢を最初から一つにしないことです。
売る。
閉じる。
そしてもう一つ、
再生して、地域に残す。
この三つを並べたうえで、その旅館と地域にとって何が最善なのかを考える。
そんな旅館再生が、もっと増えてもいいのではないでしょうか。
金融機関・支援機関の皆様へ
取引先の旅館について、
「赤字が続いている」
「後継者問題もあり、M&Aを検討している」
「地域への影響が大きく、簡単に廃業という判断はできない」
「できることなら、地域に事業を残したい」
そのような案件がありましたら、正式な再生案件になる前でも構いません。
旅館名や企業名を伏せた段階からでも、お話を伺います。
その旅館を残すことが、その地域に何を残すことになるのか。
経営の数字と、実際の旅館運営の両方から、一緒に考えてみませんか。


